エチオピアのアクスム王国は、紀元前5世紀頃から紀元後1世紀までに交易国として栄えました。アクスムは、7世紀にはもう衰退を始め、内陸の高地へと追いやられました。その後、クシ系アガウ族の女族長グディットによって西暦950年頃滅ぼされました。アクスム王国は、エザナ王の下でそれまでの多神教の信仰に変わって、キリスト教を受容しました。エチオピアの教会は今でも単性論を奉じています。その経典と祈祷書は未だにアクスム王国の独自の文字であるゲーズ語で書かれています。アクスムは国際的にも文化的にも重要な国でした。また、エジプト、スーダン、アラビア、中東、インドといった様々な文化が集う王国で、アクスムの都市にはユダヤ教徒からヌビア人、キリスト教徒さらには仏教徒までも共存していました。キリスト教が伝来する前の西暦300年ごろに建てられた「オベリスク」は現在もまだ残っています。アクスム王国では7世紀にイスラム教が起こるまで、強大な国で強い交易力を持っていましたが、しだいに新興のイスラム帝国に圧迫されていきました。しかし、ムスリムとの友好関係から、イスラム帝国に侵攻されたり、イスラム化されたりすることはありませんでした。
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アクスム の考古遺跡(エチオピア)
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